惰性の散り花




―――さよならです、ヴィルヘルム。



そこだけ、ぽっかり穴が空いてしまったかのように、彼がいなくなってしまった。

待っても待っても、帰ってくることはない。

待つだけ無駄だと、何度思い知らされた事だろう。



それでも。待ち続けている自分に、ヴィルヘルムは苦笑する。

愚かだと、分かっているのに。



窓の外では暗い雨が静かに降っていた。

流れるようなせせらぎの音が、やむこと無く聞こえている。

いつからだろうか。窓の外を見るのが、日常となったのは。

そして、何度このくだらない行為をやめようとしただろう。



―――それでも、やめることができないのは、まだ心のどこかで彼を信じているからだった。







「また戦争へ行くことになりました」



いつもと変わらぬ調子で彼は言った。

まるで、遊びに出かけてくるかのように、軽い口調で。



「次はいつ戻る?」

「さあ。勝算の低い戦なので」



もう会えないかもしれませんね、と極卒はくすりと笑う。



彼が死ぬかもしれない。

もう、その顔を見る事も、その声を聞くこともできなくなる。

……愛しあう事さえも、できなくなる。



それなのに、笑っている彼が許せなかった。

彼は、私の事など、どうでもいいのだろうか。こんなにも想っているのは、私だけ?



「ふざけるな」



感情を押し殺して、ヴィルヘルムは静かに言う。



「何故です」

「そんな勝算の低い戦なぞ……!死ぬかもしれないというのに!」

「だから何です」

「お前は、死んでもいいと言うのか!」



最後の言葉は、震えた声になっていた。

目頭が熱くなる。溢れ出そうになる涙をこらえるのに必死だった。



「誰が死ぬといいましたか」



優しく、なだめるような声だった。

恐れることは何も無い。そう物語るような。



「貴方がいるのに、どうして死ねましょうか」



その言葉に、その声に、涙が止められなかった。

慰めるかのように、極卒の手が、ヴィルヘルムを抱き寄せる。



「……ただ、負け戦なのは目に見えています。たとえ助かったとしても、貴方にまた逢えるかどうか。……ごめんなさい、僕はただ怖かっただけなのです」



耳元でささやかれる。

穏やかで、だけど震えた子供のようだった。

その言葉に、ヴィルヘルムは掛ける言葉が見つからない。

ただ、彼の鼓動が感じられる暖かな抱擁に、身をゆだねる事しかできなかった。



「逢えなくなるかも知れない。だから、一度お別れしましょう」



その方が、傷つかずに済むから、と。



「……さよならです、ヴィルヘルム」



彼の瞳が、悲しそうに伏せられた。

互いの距離が近づく。

それを受け入れるように、ヴィルヘルムもまた瞳を閉じる。



羽のような柔らかさで、唇が重なった。







彼が去る直前に、卓上に飾った花は、もはや生気を失い、かろうじて花びらが一枚残っているだけだった。

既に枯れた色をしている花びら。だけど、片付けることはできなかった。



その花が散ったら、諦めよう。

そう、決めてしまったから。



静かな雨は、まるでやむ気配を見せない。

今日もまた、降り続ける雨を見ながら、彼を想う。



今にも、その扉を開き、当たり前の様に、彼が帰ってくるのだと信じて。



「……ただいま、ヴィルヘルム」



最期の花びらが一枚、静かに落ちた。











―――――


あとがき


死ネタじゃないーーー!!!やったー!!!(おい)

いいですねっ戦争に行ったまま帰らない彼を待ち続けている人っ!
あああ、こういうの本当私のツボをくすぐりまくりです…。

書けてよかった!ありがとうございました!






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