惰性の散り花
―――さよならです、ヴィルヘルム。
そこだけ、ぽっかり穴が空いてしまったかのように、彼がいなくなってしまった。
待っても待っても、帰ってくることはない。
待つだけ無駄だと、何度思い知らされた事だろう。
それでも。待ち続けている自分に、ヴィルヘルムは苦笑する。
愚かだと、分かっているのに。
窓の外では暗い雨が静かに降っていた。
流れるようなせせらぎの音が、やむこと無く聞こえている。
いつからだろうか。窓の外を見るのが、日常となったのは。
そして、何度このくだらない行為をやめようとしただろう。
―――それでも、やめることができないのは、まだ心のどこかで彼を信じているからだった。
*
「また戦争へ行くことになりました」
いつもと変わらぬ調子で彼は言った。
まるで、遊びに出かけてくるかのように、軽い口調で。
「次はいつ戻る?」
「さあ。勝算の低い戦なので」
もう会えないかもしれませんね、と極卒はくすりと笑う。
彼が死ぬかもしれない。
もう、その顔を見る事も、その声を聞くこともできなくなる。
……愛しあう事さえも、できなくなる。
それなのに、笑っている彼が許せなかった。
彼は、私の事など、どうでもいいのだろうか。こんなにも想っているのは、私だけ?
「ふざけるな」
感情を押し殺して、ヴィルヘルムは静かに言う。
「何故です」
「そんな勝算の低い戦なぞ……!死ぬかもしれないというのに!」
「だから何です」
「お前は、死んでもいいと言うのか!」
最後の言葉は、震えた声になっていた。
目頭が熱くなる。溢れ出そうになる涙をこらえるのに必死だった。
「誰が死ぬといいましたか」
優しく、なだめるような声だった。
恐れることは何も無い。そう物語るような。
「貴方がいるのに、どうして死ねましょうか」
その言葉に、その声に、涙が止められなかった。
慰めるかのように、極卒の手が、ヴィルヘルムを抱き寄せる。
「……ただ、負け戦なのは目に見えています。たとえ助かったとしても、貴方にまた逢えるかどうか。……ごめんなさい、僕はただ怖かっただけなのです」
耳元でささやかれる。
穏やかで、だけど震えた子供のようだった。
その言葉に、ヴィルヘルムは掛ける言葉が見つからない。
ただ、彼の鼓動が感じられる暖かな抱擁に、身をゆだねる事しかできなかった。
「逢えなくなるかも知れない。だから、一度お別れしましょう」
その方が、傷つかずに済むから、と。
「……さよならです、ヴィルヘルム」
彼の瞳が、悲しそうに伏せられた。
互いの距離が近づく。
それを受け入れるように、ヴィルヘルムもまた瞳を閉じる。
羽のような柔らかさで、唇が重なった。
*
彼が去る直前に、卓上に飾った花は、もはや生気を失い、かろうじて花びらが一枚残っているだけだった。
既に枯れた色をしている花びら。だけど、片付けることはできなかった。
その花が散ったら、諦めよう。
そう、決めてしまったから。
静かな雨は、まるでやむ気配を見せない。
今日もまた、降り続ける雨を見ながら、彼を想う。
今にも、その扉を開き、当たり前の様に、彼が帰ってくるのだと信じて。
「……ただいま、ヴィルヘルム」
最期の花びらが一枚、静かに落ちた。
―――――
あとがき
死ネタじゃないーーー!!!やったー!!!(おい)
いいですねっ戦争に行ったまま帰らない彼を待ち続けている人っ!
あああ、こういうの本当私のツボをくすぐりまくりです…。
書けてよかった!ありがとうございました!
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