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彼と紅茶と黄昏と




雨。書斎の窓からそれを見やり、ため息をこぼす。

せっかく仕事を片付け終わったというのに、気分は晴れない。

最近は天気の良い日が続いていたから、久々に庭園で紅茶を飲もうと思っていたのに。

忙しくてなかなか設けられなかった庭園での紅茶の時間を、雨ごときに中断せざるを得ないなんて。

じめじめと湿った空気が、憂鬱に拍車をかけた。

仕方ない、と諦めて、室内でも快適に紅茶を飲める場所――客間を使おうと考え、気分を紛らわすために、気持ちを切り替えて紅茶の用意をすることにした。





紅茶を保存してある棚から、いくつか候補を選び出す。

香りが気に入っている茶葉にしようか、甘い味の茶葉にしようか。それともあえていつも飲んでいない物に手をつけようか。

けれどやっぱり、つい手が伸びてしまうのは彼から貰ったもの。もう半分も残っていない。

飲みすぎた、と少し反省し、そんな自分に苦笑しながら、それを棚に戻す。

悩みに悩んでようやく決まると、ティーセットを膳に乗せ、書斎からも近い客間に運んだ。

二人掛けのソファは座り心地が気に入っている。中央のテーブルに膳を置くと、あらかじめ茶葉を湯で蒸らしておいたポットから、紅茶の香りが漂ってきた。

甘く、安らぐ香りだ。心がくすぐられる。

早く飲みたい。しかし、と扉の方向を見やるが。

しばらく待ってみた。だめだ、紅茶が冷めてしまう。

抑えきれない気持ちで、紅茶をカップに注ぐと、湯気と共にその香りが広がっていく。胸が満たされる気分を味わった。

砂糖を混ぜずに、一口、二口。喉を落ちる暖かさに安心感。だけど扉が気になった。

ゆっくりと紅茶を飲む。一度に口に含む量も少なめに。でもその扉は開かれない。

カップの中身が空になった事に気付いて、二杯目を注ごうとそれを置いた時に、やっと待ち望んでいた声がした。



「僕の分、ありますよね?」



そのずうずうしい第一声に少し呆れつつも、膳の上に伏せてあったカップをソーサーの上に乗せて、今まさに二杯目として注ごうとしていた紅茶を彼へ。

まだ少しだけ湯気が立つ所を見ると、ゆっくり飲んで時間を潰したつもりが、さほど時は過ぎていなかったらしい。

砂糖の入った容器とシルバースプーンを添えたところで、彼がソファに腰掛けた。



「……何故わざわざそこに座るんだ」

「だって、これ二人掛けでしょう」

「向かいの一人掛けが二つも空いているだろう」



二つも、のところは強調した。



「向こうだと貴方が遠いですから」



笑顔でそう言われた。反論するつもりだったのに、返す言葉が見つからなかった。

この話はここで終わらせることにして、自分へも二杯目の紅茶を注ぐ。ポットの中身はそこで空になってしまった。

少し不満だと告げるように、ため息をこぼして、カップを手にした。甘い香りで、気を紛らわせる事にした。

彼はソファに背を預けてゆったりくつろぎながら紅茶を口にしている。だから、それに反するようにわざと前かがみになった。丁度顔の位置にカップが来るよう、腿の上に肘を置いた。

でも、どうしても、左隣が気になってしまう。意識をそこに向けないように努力してもだめだった。左側だけ、身体が熱かった。

そんな自分が嫌で、ため息がこぼれる。どうか彼に気付かれませんように。

まだ二杯目の紅茶は半分も減ってない。なのに、彼はもうカップを置いた。中身は空だ。

喉が渇いていたから一気に飲み干した感じだった。紅茶は楽しんで飲むべき主義が少しそれを許さなかった。



「もっと味わって飲め」

「味わいました」

「早すぎる」

「貴方が遅いのです」

「私は二杯目だ」

「でも遅いじゃないですか」

「味わっているんだ」

「二杯目なのに?」

「お前のせいで一杯目の味を覚えていない」

「僕のせい?」



問われて、はっとなった。しまった、と。

紅茶の味を覚えていないのは、彼を待つあまりに、満足して味わえなかったからだ。

それが事実であることには変わりはないのだが、理由を問われれば口にするのは恥ずかしい。

上手く回避できないかと思考を巡らせるも、彼は期待の目でこちらを見ている。

……その笑顔には言い逃れは許さないといった表情も含まれていた。



「……そう、お前のせいだ」

「何故?」

「お前が遅いから」

「何故僕が遅かったら、紅茶の味を覚えていない理由になるのですか」

「……わかっているくせに」

「わかりません、言ってくれなければ」



いつもこうだ。彼は答えをわかっているくせに、それを聞きたがる。

本日何度目かのため息をつき、彼を見ずに答えた。



「紅茶が満足に味わえなかった。お前が……いないから」



最後の部分は声が小さくなってしまった。彼に聞こえてなければいいのに。そう願っても無駄だと知りながら。

恥ずかしくて、精一杯顔をそらしてみても、駄目だ。体中が熱い。特に顔が。

彼はその言葉に満足したのか、何も言っては来なかった。言葉の代わりに、その手が髪に触れてくる。

さらさら、と耳元で髪の零れる音を聞く。触れられると、余計に意識してしまって。心臓の音が聞こえてしまっているのではと気が気ではなかった。

しばらく髪遊びは続いた。でもそれ以上にもそれ以下にもならない。もどかしかった。今度は自分が抑えきれなくなりそうで。

彼に触れたい。でも、もっと彼に触れてきて欲しい。カップを持つ手に思わず力がこもってしまう。

さっきは座る場所で文句を言った自分が、今度は触れたいと願うなんて。

耐え切れなくて、遂に、顔を赤らめたまま、彼を見てしまった。

きっと、満足げに笑っていて、その笑顔がさらに羞恥を煽るのだろうと思っていた。でも実際は全然そんな事なくて。

優しいまなざしがそこにあった。二人きりでいるときにしか見せない彼の顔。

ああ、と心の中でまたため息。気持ちを塞き止めていた錠が落ちたような気がした。溢れる思いが、止まらない。

カップは置いた。二人掛けのソファはもともとそこまで広くは無い。距離はそんなに無かった。

もう抑えきれなった。気がつけば彼へと身を乗り出して、自ら口付けていた。

軽く触れるだけで済ませるつもりだったのに、彼が求めてくるから。

そうだ、彼のせいだ。一杯目の紅茶の味を覚えてなかったのも、気持ちが抑えきれなくなったのも、キスがこんなにも離れがたいのも、全部、全部彼のせい。

離れては触れ、求めては遠のき。何度もそれを繰り返した。だが急に彼の指が唇に触れる。これ以上求めるのを止めるかのような仕草だった。

物足りない、と不満げに目線で訴える。この手を退けて。もう一度、触れさせて。



「今日は雨だから、貴方が不機嫌なのではないかと思っていました」



足りない、と求めているのをわかっていながら、わざと無視するように、彼は言い出した。



「庭園で紅茶を飲むのが好きでしょう?」

「けれどお前がいなければ意味が無い」



その答えに彼は一瞬驚いたような表情を見せる。しかしそれはすぐにやわらかな笑顔に変わって。

唇に触れていた指が離れた。その手は頬を包み込んで、互いの顔を引き寄せる。

長くて、情熱的な口付けだった。いつまでも離れる事ができない。離れたくない。

互いを感じながら求め続けていると、ふと冷たい風に雨の匂いが運ばれてきた。そして暖かい感触が頬を撫ぜる。

惜しげに唇がゆっくり離れていき、目を開けば、そこに夕の陽に照らされた彼の顔が映る。はっと窓をみやれば、少しばかり開いていた窓と、その窓の向こう側の世界に、光と闇が交差する空を見た。



「雨、やんだみたいですね」

「空が……綺麗」



雨が上がったばかりの空は、まだ曇った雲がたちこめていた。だが、その雲のすき間から、夕の光が地上に降り注ぎ、近づきつつある闇が、それをいっそう引き立てていた。



「もうこんな時間なのか……」

「……まだ物足りないですか?」



意地悪い言葉に、頬が熱くなる。

恥ずかしくなって、身を引こうとしたが、彼に先読みされて、腕の中に捕らえられた。

逃げるつもりが、抱きしめられてしまう。



「せっかく素直な貴方が見られたと思ったのに」

「……さっきはどうかしてたんだ、私は」

「明日もまた貴方を待たせたら、同じように甘えてくれます?」

「ふざけるな」

「冗談ですよ」



言いながら、彼が腕に少し力を込めた。彼の胸に頬を埋めながら、彼の鼓動の音を聞く。

冗談と言われたものの、もし本当に彼がまた遅れてきたら、今日と同じ事になるかもしれない。そうならないという確信が持てない自分が、恥ずかしかった。

だけど、彼に抱きしめられると何故か安堵感が胸を満たしていて。

黄昏の空を眺めながら、ずっとこうしていたい、と願った。明日はきっと、今日を思い出してしまって、恥ずかしくて甘えられないだろうから。
















―――――


携帯サイト12021hitお礼に巴様へ捧げます。



あ、あやうくえろの方向へ傾くところを理性で押さえました…!←

なんで、こいつらは、二人で紅茶を飲んでるor黄昏時に、いちゃいちゃしたがるんだ…?(知るか)



甘い極ヴィルを、との事でしたので、ヴィルに無駄にドキドキさせてやろー♪と思っていたのですが。書いてるこっちが恥ずかしかったです!(えええ)



こんなんでもお楽しみいただけたら幸いです…。

長らくお待たせして申し訳ございませんでした!><

巴様、書かせていただきありがとうございました!



08/05/19







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