悪夢
「ヴィル、もうこれ以上は無理だ」
最前線にいた彼が、そう報告した。
無理もない。この戦は、始めから負けが決まっていた。
ただの時間稼ぎの戦い。負けるために戦っている。
しかし、その捨て駒として死んでいく同胞を見るのが耐えられなかった。
「ジャック、全軍に撤退を伝えろ。」
「ヴィル、まさかアレを……」
「止めるな。命令だ。」
ジャックは何か言いたげな様子だったが、言葉を殺し、撤退を告げる弾幕を上げる。
それと同時に、ヴィルヘルムは敵軍の方向へと歩みを進めていた。
傷つき、血を流す自軍とすれ違いながら、ヴィルヘルムは一人、敵軍へ向かう。
やがて、撤退する自軍を追うように現れた敵軍と対峙すると、ヴィルヘルムは、その呪詩を唱えた。
そして、全てが闇に包まれた。
何も、無い。暗闇の中。
ただ一人、闇の中を彷徨っていた。
歩いても歩いても、あるのはただ闇ばかり。
しかし、何かにつまづいて、足を止める。
何につまづいたのか、と、足元を見てみると。
血で汚れた、白い、腕。
気がつけば、そこには死体が広がっていた。
赤く染まった死体がいくつも折り重なって、地を埋め尽くしている。
空までもが、赤い。全てが、赤く染まっているかのようだった。
自身の手を見やる。
赤い。
身に纏う服までもが赤く染まっていた。
―――私がやった。
そう、確信していた。
これだけの人間を殺した記憶は残っていない。
だけど、何故か、わかっていた。
―――私の魔力。私の魔術が。
これだけの人数を一度に殺せる力など……自分の罪深き力以外にあるはずがない。
だって……そうやって、人を殺して、今まで生きてきたのだから。
―――私が殺した……!
声が聞こえた。
泣き叫ぶ声。許しを請う声。怨念のこもった声。恨みを訴える声。
それらが、折り重なって、響いて、こだましていた。
「……ごめ……なさ……」
その声はあまりにも小さすぎた。
しかし、謝っただけでこの罪は許されるだろうか?
これだけの命を奪っておきながら、許してもらえるのだろうか?
死体から響いている声が、段々と大きくなっていく。
恐ろしくなって、耳を塞いでも、聞こえてくる。
その中に、自分の名を呼ぶ声が。
その声は、知っている。
幾度と聞いた、愛しい声。
ああ、まさかその人でさえ私は手にかけたのだろうか?
「ごめんなさい……!」
やっとで絞りだした声も、数多の声にかき消されて。
息が苦しかった。胸が締め付けられるようで、涙が出た。
名を呼ぶ声が、また聞こえた。今度は、はっきりと。
「ヴィルヘルム」
目が覚めた。また暗闇の中。
しばらく何が起こったのか判らなかった。
ただ、そこには死体はなく、自分は横たわっているのだ、という事は理解できた。
「ヴィルヘルム、起きましたか」
その声には安堵が含まれていた。先ほど聞いたあの声で。
闇に目が慣れてくると、彼が不安そうな、でも少し安心した、という表情が目に入る。
彼の顔を認識して始めて、自分が夢を見ていたのだと、気づいた。
「わたし、は……」
「随分とうなされていたようですが……悪い夢でも?」
悪い、夢。
あの夢は、あの魔術を使うと必ずといっていいほど見る夢だった。
全てを闇に包み、消し去る術。
この魔術を食らった人間は、文字通り消えてしまう。
大量虐殺の為の魔術。
だから、ヴィルヘルムはこの魔術を嫌っていた。
「私は、また、あんなにたくさんの人を殺した」
「戦なのです。仕方ありません。」
「私は、あんなにたくさんの命を奪った」
「そうするしか道はなかったのでしょう?」
「私が……私が、死ねばよかったのに……!」
悲しくて、涙が止まらなかった。
何故、つまらぬ戦に巻き込まれた哀れな兵が、命を失わねばならないのか。
彼らにだって、大切なものがあったはず。守るべきものがあったはず。
なのに、あっけなく自分に殺されて。
「……そのような言葉は言ってはいけません」
「けれど私は!生きていても、また人を殺すのだろう!生きる価値さえもない!死ねばよかったんだ!あの戦で!」
「ヴィルヘルム!」
感情的になったヴィルヘルムを静止した彼の声は、少し震えていた。
少し怒っていて、少し悲しんでいて。そんな声をしていた。
「貴方が死んだら、僕が悲しみます。だから、そのような事を言わないでください。」
落ち着いた、静かな口調で、彼は言った。
「私が死んだら……お前が悲しむ?」
「ええ。」
初めて言われた。
死んだら、悲しんでくれる人がいるなんて。
高ぶっていた感情が、落ち着いてきた。
今なら冷静に考える事ができる。あのような言葉は、言うべきではなかった。
「……すまない、極卒」
「いいえ。貴方がもう、死にたいなんて言わなければ良いのです」
そこまで大事に思われているのだと感じるのは初めてだった。
人を殺してばかりの自分。人に恐れられている自分。
そんな感情ばかりを受けていたから。
「貴方を、愛していますから」
静かに、そっと呟かれた言葉は、胸の奥まで響いていくような。
―――ああ、これが愛なのか……
心地よい気分だった。身体が安らいでいく。
眠気が、また襲ってきた。
「……極卒、」
「何でしょう」
「私が眠れるように、側にいろ」
「言われずとも、朝まで側にいるつもりでしたよ」
おやすみなさい、と極卒は額に口付けをくれる。
良い夢を見られそうだと、少し笑って、瞼を閉じた。
―――――
ヴィルが悪夢にうなされてたら萌えるなーって思ってたんです。
一応、「安らかな眠りの為の」と繋がっている感じ。
安らかな眠りの為の悪夢、とかそんな感じ。
ヴィルはあの魔術を使うと鬱になるんです。
鬱なヴィル。萌える。書いてみたかった^^←
08/03/14
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