Invidia




書斎の彼の机に、珍しく花が飾ってあった。

細長く、質素なデザインの花瓶に、一輪だけ、その花はあった。

花瓶のせいで机が狭くなると言って花瓶を片付けていたのを覚えているのに、何故また花を飾っているのだろう。

だが、極卒はその答え知っていた。だけどそれをヴィルヘルムの口から聞くのが怖かった。

飾られていた花は極卒の知らない花だった。もともと花の知識は豊富ではないが、ヴィルヘルムの庭園にない花だということはすぐにわかった。

だとしたら、その花は外からもたらされたもの。

自分以外の誰かから、貰ったもの。



「ヴィルヘルム」



機嫌が良さそうに書類を処理する彼に、極卒は問う。



「この花はどこから?」

「ああ、ジャックが任務の帰りに私にくれたんだ。珍しい花だろう、この国では咲かない花だそうだ」



嬉しそうに語る彼に、胸のあたりが疼くように痛み出す。

同時に、不快感が溢れていくのを感じた。たった、一輪の花の事で。

憎い、と感じてしまった。

今すぐ花を燃やしてしまいたいという衝動に駆られる。だが、それができないのもわかっていた。

彼はいつにも増して嬉しそうだった。その笑顔を壊す事ができなかった。



「そう、ですか」



良かったですね、とか、綺麗な花ですね、とか、お世辞の言葉はいくらでも思い浮かんだはずだった。

だけど、それらを全て素直に口にすることができない。口にするのが悔しい。



「さて。この書類をジャックに渡さなければ」



ジャック。その名が彼の口から紡ぎだされるのが何故だか許せなかった。

不快感が心を埋め尽くしていた。

彼は紙を数枚手に取ると、席を立って扉へと向かう。

何故か、彼に向かって手が伸びていた。彼の背を壁に押し付け、逃れられないように、手首を掴んだまま。

驚いた表情の彼に、極卒は虚ろに言葉を紡ぐ。



「ヴィルは……僕とジャック、どちらが大事ですか?」



何故自分でもこんな質問をしたかがわからない。こんな事を聞いても彼を困らせるだけだとわかっているのに。



「……その質問には答えかねる」

「僕の事が嫌いですか」

「っ、嫌いではない……!」



しかし“嫌いではない”の反対が”好き”とは限らない。



―――僕は、こんなにも貴方が好きなのに?



赤い瞳が困ったように極卒を見つめていた。

顔をゆっくり近づけていっても、彼は拒もうとはしなかった。

触れるだけの口付け。

それでも心が満たされないのは、彼の気持ちを無視してしまっているから。



「僕以外の事を考えないで。貴方は僕のもの。僕だけのもの……」



わかっていた。その言葉が彼を苦しめてしまう事も、彼が答えを出せずにいるのもわかっていた。

なのに、自分はなんて我侭で、自分勝手なのだろう。



彼を解放する。彼は、少し戸惑って、そして扉から出て行く。

彼がそこからいなくなっても、極卒は彼がいたその空間をただ呆然と見つめていて。

視界が滲んで、涙が溢れた。







彼を苦しめてしまうだけなのに。それでも僕は彼が欲しくて。

彼が僕以外を見ている瞬間がたまらなく嫌で。

憎い、と感じるこの心が嫌で。





こんな事ならば、始めから愛さなければ良かった。
















―――――


あとがき


携帯サイトにて、百合乎様へ捧げました。
シリアス風味に仕上がっております。

嫉妬しちゃうごっくんと極かジャックかハッキリ決められない上司様が書きたかったのです!
ヴィルはどっちも好きで、どっちも大事なんだと思います。
どっちかなんて選べなくて、彼もまた悩んでるといいな、という妄想で失礼しました!


07/11/29






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