黒猫




暖かく晴れた日、庭園で紅茶を飲んでいると、小さくか細い声が耳に届いた。

小さく聞き逃しそうな程小さな声、だが、それがどこから発せられているのかがわからない。

立ち上がって辺りを見渡してみても、その声の主を見つけることができなかった。

気のせいだったか、ともう一度紅茶を飲もうと座りこんだときに、また声は聞こえた。


「……極か?」


待ち人の悪戯かと思い、声を掛けるも、反応はない。

代わりに、茂みをかさかさとかき分けて出てきたのは。


「にゃあ……」


猫だった。

―――迷いこんだのか、可哀想に。

ヴィルヘルムはその猫の為に、茶菓子を小さく割って猫に与えようと、手を差し伸べる。

猫は、その手に向って歩み寄って、警戒を抱く事もなく、素直に菓子を口にした。


「にゃあ」


先ほどより声に元気がある。腹を空かせていたのだろうか。

ヴィルヘルムを見つめるまなざしが、餌を催促するようだったので、小さくわった菓子を全てあげてしまった。

それでも猫は、まだ足りぬと訴えるように甘えてくる。

もう猫に与えられるものは残っていない。あるとすれば、冷めてしまったミルクティーくらいだ。

仕方がない、とヴィルヘルムは猫を抱き上げた。猫は怯えもせずに、甘ったるい声を出す。

耳の裏や顎の下を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らしだした。

―――見ず知らずの人間に、よくもここまで気を許せるものだ。

まるで、と誰かに例えようと思ったが、よく考えてみるとその例えの対象とこの猫とは可愛げに差がありすぎる。

例えてしまっては、この猫に失礼だと思い、やめておいた。

抱いている腕が疲れてきて、膝の上に乗せてやると、猫はそこで丸くなって寝てしまった。

丸くなった体をゆっくりと撫でてあげると、猫は気持ちよさそうな寝顔をするのだった。


「……お前は幸せ者だな、猫」


猫が口をきく訳でもないが、問うように語り掛けてしまう。


「あいつが、お前のように素直で、お前にように可愛げのかけらもあれば、愛しがいもあるというのに」

「……へぇ……そうなんですか?」


居るはずもないその声に驚き、猫を起こしてしまった。

猫は不機嫌そうな声を上げる。


「い、いるなら居ると言え!極卒!」

「言おうと思った所に独り言が聞こえてきたもので」


反省の欠片もない、にやついた顔だ。こんな奴に、さっきの言葉を聞かれていたかと思うと、恥ずかしさに顔が熱くなる。


「で、僕が素直で可愛かったら、今以上に愛されると聞きましたが本当ですか?」

「馬鹿言え、ただの独り言だ、忘れろ」

「独り言と言っても本音でしょう?」

「お前がこれ以上変になったら大変なんだっ、今のままで十分だ!わかったな!わかったら忘れろ!」

「それは、今の僕が好き、と捉えてもよろしいので?」

「……ああ、もう、めんどくさいなお前は!好きに解釈しろ!」


声を荒げて反論していたら、猫が膝の上を降りてどこかへ行ってしまった。

うるさくて寝られもしないからだろう。その自由奔放な姿は、やはり誰かに似ている部分はある。


「……お前のせいで猫が逃げた」

「いいじゃないですか、逃げても。猫なんて居ても邪魔でしょう」

「酷い奴だな」

「こんな僕が好きなんでしょ?」


すぐに否定の言葉が出てこないのが悔しい。

頬が赤くなるのを止めきれないのも悔しい。

睨みつけようと、彼の方を向いたら、彼の顔がすぐ近くまでやってきて、唇をふさがれた。

すぐに離れていったが、その瞬間だけ時が止まってしまったかのように感じるほど長かった。

瞬時のことに頭が追いつけず、間が抜けた顔をしてしまったのだろう、彼は人の顔をみて満足そうに笑っている。

ようやく状況を飲み込んで、笑っている彼に少し腹が立ったので、急いで紅茶を片付けて足早にその場を去った。

待ってください、と後を追いかけてくる彼の言葉も耳に届かぬふりをして。

ああ、悔しい。悔しいから、今日はとことん彼に悪戯をしてやろう。

庭園を横切っている途中、猫の鳴き声が聞こえたような気がした。

だがもうかの黒猫には構ってはられぬ。それよりも大きくて面倒な猫の相手を、これからしなければならないからだ。




END
―――――

2010年最初のまともな極ヴィル文更新じゃあありませんか。やったね。

黒猫=極卒みたいな話だったんですが、黒猫≒極卒になりました。

ほのぼのしてりゃいいじゃない。極ヴィル大好きだ!

最後までお目通しありがとうございましたっ

10.07.23






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