CARNIVAL




「ほら、そんなにコソコソしてたら怪しいですよ」

「しかし……」


何かから身を隠すような振る舞いをする彼に半ば呆れつつも、しかし仕方がないものだと思う。

外に出るのも久々だろうし、ましてや街に出るなんてもう何年もなかっただろう。

人と触れ合う事を避けてきた彼を、強引に連れて出したのだ。

だからやはり、彼は人を避けるし、人目に映らないところへ逃げようとする。

今日は、今日だけは大丈夫だから、と念を押してきたつもりなのだが。


「怖がらなくていいのに。もっと堂々としていたほうが逆に平気なものだと思うのですが」

「お前と私は違う」

「でも、今のヴィルはものすごく怪しいです。僕より怪しいです。ええ。」

「お前……自分が怪しいという自覚があったのか」

「もっと怪しい人もいるので安心してください。……ああもう、ほら急いで!コソコソしてる場合じゃないんですってば!」


時間が迫っていた。しかしもう既に、遅れていることには間違いない。

彼に見せたいものがあるのに、見られなくなってしまう。

歩みが重い彼に合せていたら、日が暮れてしまうではないか。

やはり強引な手に出るしか、彼を動かす事はできないのだろう。

一つため息にも似た深呼吸をすると、極卒はヴィルヘルムの手を握って早足で目的地へ向かう。


「ちょ、ちょっと待て!心の準備が……」

「そんなの必要ありません!」


早足もやがては駆け足に変わって、今は人の少ない小道を抜ける。

大通りが見えるところまでやってくると、やっと足を止めたものだが。


「人が多いな……」


そこは人が溢れかえっていた。大通りのパレードは、かろうじて人の頭が見えるか見えないかの所で。


「ここからじゃあまりよく見えませんね……」

「極卒、ちょっと裏へ」

「ヴィル、もう人ごみに限界ですか」

「違う!場所をかえよう」


その彼の提案に少し驚きつつも、今度は彼が極卒の腕を引っ張り、裏通りへ。

やはりそれは人から逃げているようにも思えたが、でもその事は口には出さずに心にしまっておくことにした。

日陰が多い裏通りは、大通りのパレードに客を取られていて閑古鳥が鳴いていた。

彼は上に視線をやりながら、しかし周りの目も気になるようで。きょろきょろしている彼を見るのも新鮮だと思った。


「よし、ここならいいだろう……いくぞ」


と彼から一声あったかと思えば、彼は呪詩を唱え始めていた。

何をするのかと思えば、短い呪詩のあとに身体がふわりと浮かべば納得がいく。

彼は宙を舞いなれているようで、極卒を連れていても軽やかに飛ぶと建物の屋根に着地した。


「なるほど、ここからなら」


誰もいない屋根の上からみるパレードは、まるで特等席から見ているようだった。

華やかな音楽は変わらず聞こえ、花びらが舞う姿を一番綺麗に見られる場所だと思った。

人々は派手な衣装を身に纏いながら、歌い、踊り……。


「……すごいな」

「でしょう?人の目を気にしまくりな貴方は、こういう祭りがあるときにしか街に出る機会がありませんしねぇ」


祭りの日なら、人々の好奇の目は彼ではなく、パレードに向く。

そしてそのパレードを見た人々に溢れるのは、恐怖や憎悪ではなく、笑顔。


「別の世界に来たみたいだ」

「まぁ、カーニバルっていうくらいですから」

「……こんなことも、あるんだな」

「知らなかったんですか?年に何回もお祭り騒ぎがあるというのに……ああそうか、基本人見知りですもんね」

「悪かったな」


二人は屋根に腰掛けて、しばらく目の前を行過ぎるパレードを無言で眺めた。

こんなに大勢の人を目の前にするのも、彼にはなかなかないだろう。

いつも『人』を『標的』としてしか見てこなかった彼は、幸せが溢れるこの華やかな世界を見て、何を思い、何を感じているのだろうか。

それは、自分と同じ気持ちであるだろうか?


「極卒……」

「何ですか?」

「……と、……」

「聞こえません」

「っ!……あ、ありが、とう……」


音楽にかき消されそうになりながらも、彼の小声はしっかり届いた。

照れくさそうにしているから、何を言おうとしているのかわかりやすかったけれども。


「どういたしまして」


微笑みかけてあげると、彼は照れながらも微笑み返してくれる。

すぐに顔を背けてしまうから、ほんの少ししかそれを眺めることはできなかったけれども。しかしそれだけでも十分だった。


「また連れてきてあげますからね。今度は違うお祭りにでも行きましょうか」

「ああ……」


今度という日があれば、と、心の中で付け加えた事は、彼には永遠に内緒にしておくつもりだ。

風が通りを駆け抜けて、花吹雪が美しく宙に舞っていき、音楽がさらに華やかさを増していくと。

人々の歓声があがった。パレードのその瞬間を見逃してしまったのは、それよりも彼に口付けてあげたかったからだった。



END
―――――

明るい感じに仕上がったのも珍しいなぁと自分で思いました←
えーと、とりあえずお祭りで極卒がヴィルの手繋いで引っ張っていったらいいよ、って思いました。そんな妄想から仕上がりました。
自給自足万歳!!

09/03/03






back /  next