あなたがそれを望むなら
本を読み終え、部屋の薄暗さにふと窓の外をみやれば、もう日が暮れる寸前だった。
段々と闇に飲まれていく朱ををしばらく眺めた後、隣で同じく本を読んでいたはずの彼に視線を移す。
彼は、ソファの背に頭を傾き預け、開きっぱなしの本をわずかに掴んでいながら、静かで規則正しい呼吸を続けていた。
彼のそんな姿を見る事は滅多になかった。いつ命を狙われてもおかしくない彼が、こんな所で無防備に眠ってしまっているなんて。
それだけ、心を許されているのだと思えば、それはそれでよかった。しかし彼は普段は絶対に隙を見せないのに。
―――疲れているんだな……
さほど楽な体勢とはいえないのに、熟睡してしまっている彼の寝顔を覗き込めば、それがわかった。
読みかけの本も、そのまま放置してしまう人でもないのに。
「……極卒、おい、起きろ」
そう声を掛けてみたが、どうやら声は届いていないらしく、規則的な呼吸が続くだけだった。
無理矢理に起こしてみようか、と一瞬考えるも、ここまで疲れて眠ってしまっている彼を起こすのは少し可哀想な気がする。でもずっと寝かせてあげるわけにはいかない。
彼の顔を眺めながら、心の中で、彼に問う。
眠っていたい?それとも、起きたいか?
―――……なあ、お前は、どうしたい?
少しまゆをひそめた、苦しそうな寝顔。
このまま寝かせてあげたとしても、何故起こさなかったかと怒るだろうか。
それとも、ゆっくり休めた、と言って笑ってくれるだろうか。
今、自然に起きてくれたなら、それが一番いいのに、と思いながら、彼の覚醒を待つかのように、彼の顔を眺めた。
だけど、やはり起きてくれる様子ではなく、苦しそうな表情に、こちらが苦しくなって。
このまま起きないのであれば、今なら、と。
顔を近づけて、少し、ほんのすこしだけ、唇を重ねてみた。
彼が身じろぎをしなければ、もう少し口付けていたかもしれない。
慌てて離れてみれば、彼はうっすらと目を開いていた。
「……ヴィル?」
名を呼ばれたその声も、普段の彼からは想像もできないほどのか細い声だった。
まだ眠たそうな瞳でこちらを見て、彼は力なく笑う。
「……寝たふりしとけばよかったなぁ」
「熟睡していたくせによく言うな」
「僕、どのくらい寝てました?」
「もう夜だぞ馬鹿が」
「うわ、もう夜ですか……」
夜と聞いて、彼はだるそうに体を起こす。
やはりまだ寝足りないのだろう、重そうなまぶたが、今にも閉じてしまいそうで、彼は目をこすっていたけれども。
「もう帰らないと……」
「極卒、」
咄嗟に彼を止めていた。そんなつもりはなかったといえば嘘になるが、しかし、言葉が勝手に出てしまっていた。
「……お前さえよければ、もう少し休んでいってもいいんだぞ……」
「本当ですか?」
言った後、何故こんな事を口走っているのだろうかと少し後悔はした。だけど彼が少し笑ったから。
「そんな事言われたら、休んでいく以外にないじゃないですか」
「す、少しだけだからな!朝までいたら吹っ飛ばすぞ!」
「はいはいわかってますって」
言いながら彼は横になる。すぐにでも眠ってしまいそうなのに、でもまだ何かもの言いたげにこちらを見ていた。
「……ね、おやすみのキス、してくれません?」
「な、何でいちいちしなければならないんだ」
「だってさっきしてくれたじゃないですか……だからもう一回」
反論の言葉が出てこなかった。諦めて、顔を彼に近づけていく。
先程より顔が熱くなったのも、鼓動が早くなったのも、何故なのかはわからなかった。
軽く触れるだけで済ませて離れると、嬉しそうな彼の顔がそこにあった。
おやすみなさい、と小さく呟いたかと思うと、彼はすぐに目を閉じてしまった。その呼吸が規則正しくなるまで時間はかからなかった。
「……お前が望むなら、ずっとここいてもいいんだぞ」
そう呟いたのも、彼に声が届かなくなってから。
叶うはずのない願いだから、聞こえないように、尋ねてみる。
なぁ、お前はどうしたい?
そんなに疲れるまで悩んで、迷っているのはお前だろう?
先程とは違う、幸せそうな寝顔に、こんな酷な質問をするのは、やはり苦しい。
このままでいいんだ。今でも十分に幸せなのだから。
そう、自分に言い聞かせてみる。
だけど、もし、この我が儘な願いが叶うのだとすれば。
―――あなたがそれを望むなら……私は、迷わない、のに。
END
―――――
結局、極もヴィルも今の状況にウダウダ悩んでいるわけです。そんな話です。
嘘です。寝顔にキスが書きたかっただけです←
グダグダ文で申し訳ないですorz閲覧ありがとうございました。
09/05/08
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